7、船の上での大騒動(後編)





 少年はその日、海岸に立って海を見ていた。
 別に海が好きだとか、そういったわけではない。ただ単に家を姉に占領され、そのままいると振り回されるのは目に見えていたので姉の彼氏に彼女を押し付けて逃げるように外に出て来たのだ。そしてやることもなく町をぶらぶらとまわり、今にいたる。
 アサギはジョウトの港町。風は強い方なのだろう、少年の赤い髪がなびく。
「…ん?」
その時、彼はふと気付く。確かいつもなら船が見えてもいいはずの時刻なのだが、今日はその姿の欠片も見えない。
 確証はない。だが、行かなければいけない気がする。
「行ってみるか…」
銀の瞳をした少年は、義理の姉達を呼びにその場を後にした。

「エーたろう、みだれひっかきっ!」
真っ先に飛び出したのはゴールドのエイパム。その小さい体で相手を翻弄し、ちょこまかと動き回りダメージを与えていく。
「エビぴょん、れんぞくパンチ!」
「ニード、つのでつくだ!」
クリスのエビワラー、ニクスのニドリーノもそれに続く。次々とポケモンたちを蹴散らしながら、トパーズもまた指令を飛ばす。
「ぴいた、でんじは!」
ピチューはその体から想像できないほどの電気を放出すると、たくさんのポケモンたちをその雷に絡めとっていく。そこを逃すクリスではなく、彼女は素早く持ち歩いているカバンからボールを取り出し並べていく。
「…はぁ―――っ!」
カカカカカっ、と響く音がして。次の瞬間、ポケモンを収めたボールがぽとぽとと甲板に落ちた。
「ヒュ〜、さっすがぁ!」
見ていたニクスが感嘆の声をあげる。…そこを狙って数匹が、彼めがけて飛び掛った。
「ニクスっ!」
「…あらま」
危険をしらせるためにトパーズが叫ぶが、本人はいたって気にしていない様子。―――それもそのはず、彼はもう一人の存在に先に気が付いていた。
「パウワウ、れいとうビーム!」
数匹のテッポウオは、船の中心…船内の方から飛んできた氷に吹き飛ばされた。
「さっんきゅーっ!」
「かわせるなら自分でかわせ自分で。俺にやらせるんじゃない」
呆れ顔で言ったオニキスだが、言われた方のはずであるニクスは欠片も気に留めていない様子だ。
 そういったやりとりもありながら、襲い掛かってきた野生ポケモンの多くは5人のトレーナーの前に次々と戦闘不能に陥っていて、あと残すところ数匹、の時だった。
 船がぐらり、と揺れた。それが船が動き始めたせいだと気付いた時には―――。
『トパーズっ!』
オニキスとゴールドの声が同時に彼女の名前を呼ぶ。その彼女の姿は船から投げ出されていて。
 ああ、自分は落ちてるんだとトパーズが思ったときには、もう船の甲板は遠く、覚悟を決めてぎゅっとめをつぶる。…と同時に、何かの上にぽすっと落ちた。
「…ぇ?ぽすっ?」
「まったく、どうして船の上から人が落ちるんだ」
呆れたようなその口調に、トパーズは聞き覚えがある。そちらに顔を向ければ、ハリネズミのような茶髪と、鋭い瞳。その整った顔立ちは、20年以上たったトパーズたちの時代でも変わってはいない。
 ふと視線を下に向ければ、自分と彼が乗っているのはリザードンの大きな背。これはもう間違えようがなかった。
「…グリーン、さん?」
「俺の名前を知っているのか」
無表情なその顔に、少し驚きの色が混じったのがわかる。
「おーい、グリーンさーんっ!トパーズ無事っスかー!?」
その声に2人が上を向くと、手を振りながら叫ぶゴールドがいる。
「…なるほど、あいつの知り合いか」
「ええ、まぁ…」
まさか「未来のあなたを知ってます」なんて言って信じてもらえるとはこの人の場合思えないので、ゴールドさんナイスタイミングと心の中で感謝する。
 バサッ、とリザードンは上昇して、トパーズは甲板にすと、と降りた。その途端、
「このアホっ!もっと気をつけてろっ!」
「…ご、ごめんなさい…」
怒鳴るオニキスに、しかしもっともなのでトパーズは言い返せなかった。もう一度彼が口を開く前に、彼女は慌てて話題を変えた。
「そ、そういえばさっきのポケモンたちは?」
「大丈夫、ほら、このとおり。あとで野生に返してあげるつもりだけどね」
横からはいっ、とクリスが見せたのは、両手で抱えきれないほどの捕獲済みモンスターボール。本人は「無事でよかったね」とにこにこと笑っているが、それが余計に怖いかもしれないとトパーズは思う。
「それよりもなんでグリーンさんがここにいるっスか?」
「それは…」
答えようとして、グリーンはふと顔を別の方向に向けた。つられて一同もそちらを向けば、やはりそこには見知った姿。
「…し、シルバー!?てめー、何でこんなところに!?」
「それはこっちのセリフだ。まったく、こんなところで会うはめになるとは…」
ヤミカラスにつかまって飛んできたシルバーは甲板にすたっと降り立つと、ゴールドの方を向いて深々とため息をついた。
「…シルバー、なんだか疲れてる…?」
ぼそっとつぶやいたクリスの一言が、表向き聞こえてない振りをするものの彼の心にぐさっと突き刺さる。その様子になんとなく状況をさっしたオニキスは「この時代でもこの人は苦労が絶ねぇのか…」と同情するのだった。
「あらあら。なーんか見たことのある顔ね?」
「ブルーさん!」
「はぁい、クリス。元気にしてた?」
ふくらんだプリンの上から手をふるブルーは相変わらずのようで。シルバーとグリーンがため息をついたのをニクスは見た。
「でも、どうして3人ともここにきたんスか?」
「実はね、シルバーが船がくるはずの時間なのに見えないのはおかしいって言うもんで、様子を見に来たのよ♪」
よ、っと先に来た2人と同じようにブルーは甲板に降り立つと、「ありがとねv」と声をかけてからプリンをボールに戻した。
「で、お前達はなんでここにいるんだ」
「オレたちは、ここにいるトパーズとかオニキスとかニクスとかをウバメの森までつれてくためだけど?」
シルバーの問いにさらっと答えるゴールド。だがその言葉で、クリスはふと気がついた。
「…でも、グリーンさんとブルーさんがいるなら、送ってもらった方がいいんじゃないかしら」
「へ?」
「だってゴールド、そうでしょう?元々船で移動してるのは私達が大きな空を飛べるポケモンもってないからだけど、グリーンさんのリザードンとブルーさんのプリンなら…」
その言葉にああそうかと納得する一同。
「―――あと、確かオニキスのセレビィの調子だよな。どーだ?」
「…まぁ、来たばかりのころよりは大分いい。これなら飛んでも大丈夫だとは思うが…どうする?」
ニクスの疑問もオニキスがすぐに答える。そして、最後の問いかけはトパーズに向けたものだった。
「帰ったら?今ならちゃんと、仲直りできるでしょう?」
「マリン!ジストも!」
いつからそこにいたのか、エンジンルームにいたはずの2人もそこに立っていた。
「…そいつらは?」
「あ、ええと、アクアマリンとアメジスト。私の幼馴染で、この船のエンジントラブルを直してたんです」
「エンジントラブル?」
「さっきまで船止まってたんだよ。だからオレたちがここでポケモン抑えてたんだ」
グリーンに問われ、少しおどおどしながらもトパーズは答え、さらにふと疑問を口にしたシルバーには横にいたゴールドが答えた。
「なるほど。ただ者じゃないわけか」
「あんたに言われたらお終いだよ、それ」
グリーンのつぶやきに、ジストは苦笑する。
「じゃ、どうする?アタシ達でよければ、目的地まで連れて行ってあげるわよ?ね、グリーン」
「まぁ、別に構わないが」
2人のその答えに、ニクス、オニキス、マリン、ジストの目がトパーズへと集まった。そして彼女の意思は、迷いながらも決まっている。
「…はい、お願いします。ウバメの森まで」
はっきりと聞こえる声で、トパーズはそう答えた。

 空を飛べるポケモンを持っていないのは実はトパーズとニクスの2人だけ。それぞれがブルーとグリーンに乗せてもらうことになっている。最初はニクスはプリンに乗ってみたいと言っていたのだが、グリーンの冷たい視線に諦めた。
 それはまあ置いといて。―――トパーズは、1つだけ聞いておきたいことがあった。
「あの、ゴールドさん。ちょっと聞いてくれますか?」
「ん?なんだ?」
「…私、未来で父さんと喧嘩してきちゃったんです。旅に出たいっていったら、お母さんはいろいろ言ってきたんだけど、父さんは何も言ってくれなくて。…心配もしてくれないんだって、かってに怒っちゃったんです、私」
感情なく語るトパーズに、ゴールドは黙って耳を傾ける。
「私のことなんてどうでもいいんだねって父さんに言いました。…そんなことないのに。父さんは一言だけ、「ちゃんと自分のしたことに責任をもて」って、それだけだったけど、でもそれは私のことをちゃんと認めてくれてるんだってことだったの、今ならわかるんです。でも、その時はいらいらするだけで、黙って家を出てきちゃった。
 …もし、ゴールドさんが、父さんだったら、私を許してくれますか…?」
突然聞かれて彼は一瞬きょとんとしたが、そうだなぁと口を開く。
「ま、許すも何も、なぁ?責任持てって親父さん言ったんだろ?オレならまずはお帰りって、頭を撫でてやるな。…そのあと怒るかもしれねぇけど。…オレの意見なんて参考になるのか?」
「十分なります。…本当に、ありがとうございました」
きっとこの年のこの人を見るのはこれが最後。だって自分は、帰るのだから。
 もう、迷いは無い。
「またいつか…会いましょうね!」
彼女は待っていてくれたブルー達のもとへ、くるりと向きを変え走り出した。



 


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