月曜日の朝の集会。長く続く校長の話を真面目に聞いている人間なんて本当にいるんだろうかと、欠伸をかみ殺しながらゴールドは思った。
 そもそもサボろうと思っていたのに、学級委員ことクリスに見つかったせいで無理矢理体育館に引きずり込まれ、逃げ出そうにも彼女はちらちらとこちらの様子をうかがっているためそのスキが無い。
 目をこすりながら辺りを見回すと、見知った顔がちらほら見える。例えば同じクラスのライバル兼親友のシルバー。普通に寝ている。しかし眠っていた間の内容を全て記憶しているため、先生にも手が出せないと聞いた。少し遠いところなら2つ年上のレッド。うとうとしつつ、たまにはっとなってぶんぶんと首を振る。
 ったく、どいつもこいつもやる気ねえなぁと自分のことは棚に上げてゴールドはこっそり、心の中でつぶやいた。
「では、次に転入生の紹介をします。どうぞ、ステージの上へ…あら?」
(ん?)
なにやら周りがざわつきはじめ、ゴールドも意識を現実へ戻した。すぐ傍のクリスに、ぼそぼそと囁きかける。
「おいクリス、どうしたんだ?」
「ゴールドってば、聞いてなかったの?…なんだか、転入生の子がいないみたいなのよ」
「…マジで?サボりかよ?」
「そこまではわからないけど…」
新しい中学の初日、しかも全校の前で紹介されるというのに、(多分)サボり。
(なんつーやつだよ、おい)
オレだってそこまではしねーぞ、と心の中でぼやき―――次の瞬間、耳を疑った。
「困ったわね…ええと、ルビー君は12HRです。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」
まあ関わることはないだろうと思った矢先のできごとであった。思わずクリスの方を振り返ると、向こうもこちらを見ていた。そろってつぶやいてみる。
『…うちのクラス…?』
聞いてないです、先生。今の2人の心境は、まあそんなところだろう。

「さ、朝も紹介があったが、新しくこのクラスの仲間になるルビー君だ!」
「…ルビーです、よろしく」
意味もなくテンションの高い担任タケシとは対照的に、冷静に…というよりは淡々とあいさつをする転入生ことルビー。相変わらずの担任の空回りっぷりにクラスメイト達がクスクスと笑いをもらす。
「…と、とにかく、まずは席についてくれ。そう、そこの一つ空いてるところだ。わからないことがあったら学級委員のクリスに聞いてくれ。クリス、頼むぞ」
「はい!」
「じゃ、出席とるぞー」
次々と名前が読みあげられ、それに返事が続く。
「クリス」
「はい!」
「シルバー」
「はい」
「ゴールド」
「うぃーっす」
「返事は「はい」だっていつも言ってるだろう。…それにルビー、いるな?」
「はい」
「よし、今日の欠席も0だな。じゃあ、今日も一日頑張るように!解散!」
タケシが荷物を持って教室を出るか出ないかのうちに、生徒たちは席を立って思い思いの行動を始める。一時間目の準備をするもの、仲の良い子と話を始める者。…そして何より、今日は転入生の机へ群がる者。
「ねえねえ、ルビー君ってばどこから来たの?」
「朝、いなかったよね。どうして!?」
きゃあきゃあと騒ぐ辺りの女の子に、ルビーは苦笑して答えている。だがその様子が、男子はおもしろくないらしい。
「はっ、王子様気取りかよ。その天下もいつまで続くんだか」
「…嫉妬かい?男の嫉妬は美しくないなぁ」
「っなにぃっ!?」
喧嘩寸前の雰囲気に、相変わらずきゃあきゃあ騒いでる女の子達と、盛り上がり始める男子たち。その後があまりにも予想できて、ゴールドはため息をついた。
「ちょっと、みんなやめなさいよ!」
一人の女子が、大きく声を張り上げる。…もちろん、彼女だ。
「なんだよ、相変わらずうるさいのな、学級委員」
「うるさいな、じゃないわよ!喧嘩はよくないってわかってるでしょ!?」
「…そのでかい態度、ムカツクんだよおぉぶ!?」
ごすっ。クリスに殴りかかろうとした男子生徒その1に、見事なまでにボールが直撃し。ばたりとその場に倒れる男子生(以下略)。
「おっとわりぃな、手が滑った」
「…ゴールド、てめぇなにすごふぅっ!」
悪態をつきながら起き上がろうとしたところを某赤髪に踏み潰され、腹を抱えてぴくぴくとうめく男子(以下略)。
「まったく、朝ぐらい静かにしていろ」
「…お前相変わらず手加減無いのなー…」
「人のことが言えるのか?それよりお前、一時間目家庭科だぞ。確かこの前の授業寝てて、課題出されてただろう。やったのか?」
「―――忘れてたぁ―――っ!!やべぇシルバー、どうしよぉっ!?」
「知らん。まあイブキ先生のことだ、鞭の2、3発で許してくれるだろう」
「いやだ―――っ!!」
ぎゃーぎゃーと言い合う(ただし叫んでいるのは片方のみ)見た目不良風の少年を、ちょっと唖然としながら見ているルビーに、クリスがこそこそと囁きかける。
「あっちの騒いでる前髪爆発してる方がゴールド。一応バレー部の一年のエースなの。もう一人の髪が赤い方がシルバー。いつもあんな感じだけど、仲はいいのよ」
「ふぅん…」
「で、私はクリスタル。みんなはクリスって呼ぶわ。よろしくね、ルビー君」
「あ、こちらこそ」
 一時間目開始3分前、時は緩やかに流れてゆく。

「レッドさん!すいません、お聞きしたいことがあるんですけど…」
「ん、どうしたイエロー。何かあったか?」
北校舎二階、会議室の真上に位置する生徒会室。ここでは毎日昼休み、生徒会役員が学校と生徒のために働いている(時もある)。
 現在の生徒会メンバーは31HR会長のレッド、同じく31HRの副会長グリーン、24HRの書記のイエローと裏支配者と噂される33HRの会計のブルー他で構成されている。もっとも運営しているのは実質彼ら4人なのだが。
「あの、今度の生徒集会の会長のお話って、どのくらい時間必要ですか?」
「へ?会長の話なんてあるのか?」
「ありますよ?…知らなかったんですか?」
「聞いてないって!どうしよう、全然考えてないぞ!?」
あたふたとする幼馴染の会長に、はぁとため息をついてから、副会長グリーンは部屋備え付けの白い物体―――ハリセンを持ち直し。すぱぁーんとレッドの頭におみまいした。
「おちつけ。生徒集会はまだ来週だ。それまでに考えればいい」
「…なんかそのハリセン、この前より硬くなってるんだけど…」
「ブルー特製だからな」
とかなんとかいいつついつものように漫才…もとい仕事をしていると、なにやらどたどたと廊下から音が響く。
「あら、お客さんかしら」
そうブルーがつぶやくか否かの時、がらがらがらっと大きな音をたてて生徒会室の扉は開かれた。
「会長―っ!!ここn」べしぃっ。
「用件のある生徒はまずHRNO.と名前を名乗れ」
(一部以外の)誰に対しても冷静かつ冷淡に接すると噂の副会長のハリセンアタックを頭にくらいながらも、少女はふたたび声をはりあげた。
「15HR23番、サファイアったい!今日12HRに転入したルビーってやつを探しとるとよ!ここには来とらんと!?」
「知らん」
「わかった!じゃましたとね!」
ばたん!どたどたどたー。いきおいよく閉められた扉、再び廊下に響き渡る廊下を走る音。
「まったくもう、廊下は走っちゃいけないって習わなかったのかしら」
「お前が言うんじゃない」
「アタシはいいの。…ちょっとでも早くグリーンに会いたいのよv」
「…まったく」
ハートマーク飛ばしまくりの2人。奥では会長と書記が仲良くお茶を飲んでいる。
 現生徒会室の別名は「バカップル本部」。一人身の奴はほとんど近づかない、らしい。

 所変わって場所は屋上。大人気のルビーを見るに見かねて、ゴールドが連れ出したのである。
「さ、ここならゆっくり飯食えるぜ。…大丈夫かよ、お前」
「…少々危ない所だったね…」
どこか遠い目をしながらそう答えるルビー。しかしその顔には、明らかに疲労の色が浮かんでいる。
「でも、本当に助かったよ…。あのまま教室にいたら、絶対父さんに朝のこと問いただされそうだったし」
「父さん?」
「ああ。柔道部の顧問で、選択書道も教えてるはずだ。わかるかい?」
 ペンを取り出してくるくると回し始めたルビーに、そんな特定されたら嫌でも思い当たるって、と心の中でつっこんで。
「…センリ先生、か?」
「そ。悲しいことに、ボクの父親」
「…そりゃー…大変っつうか…キツイっつうか…」
かける言葉が見つからず、ぽりぽりと頭をかくゴールド。なんとなく気まずい沈黙ののち、がちゃりと扉が開かれた。2人が振り返れば、そこにあるのは見知った顔―――では、あったのだが。
 立っていたのは袋を提げた少年と、肩で息をする少女。ルビーは思わず、持っていたペンを落とした。
「ルビ―――っ!!ようっやく見つけたとね!」
「…さ、サファイア?」
「さあ説明すると!朝いなかったのはどげんこつね!?」
「お、落ち着くんだ!話せばわかる!って逃げないからつかまないでくれっ!」
「信用できんとよ!あんたはいつもそう言って…っ!」
呆然とその2人の様子を見つめるゴールドの横へ、こそこそと移動するシルバー。その手からビニール袋=中身はパン=昼ご飯を受け取りつつ、こっそりとゴールドは尋ねた。
「どーしたんだ、あれ」
この場合、あれとはもちろん少女―――サファイアのことである。男子顔負けの運動神経を持つ彼女は学年の中でも有名で、男女の違いがあるとはいえ同じバスケ部であるシルバーはもとより、ゴールドも顔見知りだ。
「ついてきた。…どうやら、知り合いらしい」
ぼそぼそと囁き合う2人の横では、もはやある意味2人の世界に突入している転入生とその知り合いの言い争いが続いていた。
「だいたい、どーして転校してくるって教えてくれなかったと!?」
「いや、どうせわかるからいいかなー、と…」
「いいわけなかっ!…わわっ!?」
「サファイア!」
叫んだ反動でつんのめり、バランスを崩すサファイア。倒れこむ彼女を慌ててルビーは支える。
「まったく、相変わらず変なところでおっちょこちょいなんだから」
「…すまんち…」
謝るサファイアの顔が少々赤いことに、ルビーは残念ながら気がつかない。
「と、とにかく、あんまりバカなことばっかりするんじゃなか!あたいは15HRったい、なんかあったら言うとね!」
それだけ言い放って、やはりどたどたーっと駆けて行く。その後ろ姿はもう見えない。
「…台風みたいな子だなー…」
「昔からそうなんだよ」
やれやれ、と肩をすくめるルビーの様子に、シルバーはピンと来るものがあった。
 いわく。ああ、こいつも同類だ、と。
「相手が鈍いと大変だろう」
「そうなんだよ。たまに勇気を出してそれっぽいことを言ってもまったく気が付かないし…ってえ」
そこでようやく気が付いたのだろう、ぎぎぎぎぎっ、とどこぞのロボットのような動きでルビーは首だけシルバーを振り返る。
「…あの、えっと。やだなぁ、ボクは別にサファイアのことはどうとも」
『いやもう遅いし』
ダブルつっこみにさえぎられ、続く言葉のないルビー。そんな彼に近寄って、シルバーはぽんぽんと背中を叩いた。
「気にするな。どこも同じようなものだ」
「へ?」
「お、おいシルバー!ルビーに変なこと吹き込むなっ!」
いきなり慌て出すゴールド。その様子を意味深な目で見つめるルビー。
 くるりとシルバーを向く。彼はゆっくりとうなずいた。
「そういうことだ」
「なるほど」
「なんだよお前ら、2人でわかりあってんじゃねぇよっ!」
少々顔を赤らめながら叫ぶゴールドのことなどまったく意に介さず、2人は淡々と話し続ける。
「朝もな、こっそりボールを用意して助けるタイミングを計ってたんだ」
「ああ、道理でタイミングがいいなぁと」
「それにしても不良と学級委員か。学園ものの定番だな」
「いやーまったく」
「お前ら、なんで初日からそんなに気が合ってんだよ―――っ!!」
 その叫びも、虚しく天に消えるのみ。



 ここはポケスペ学園中等部。
 今日も一日、いつもと変わらぬ日常である。




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