クリスが所属する卓球部は、2ヶ所ほど活動場所がある。
 一つは、給食配膳室の隣の謎の小部屋(だと卓球部以外の生徒の大半が思っている部屋)。もう一つは体育館の器具庫の上にあたる格技場である。
 謎の小部屋こと卓球室は二年と三年が使っているため、一年は格技場に押し込められている状態だ。そのやる気のないことと言ったら…クリスは思わずため息をつく。もっとも、仕方がないかもしれない、とは思うのだが。
 卓球は厳しい競技である。何がってそれは部屋の蒸し暑さだ。
 太陽は輝き光は降り注ぐ。ようは暑い。そんな中、少しの風でも舞ってしまう卓球の玉の所為で、卓球をする時というのは基本的に窓を開けない。つまり風の動きがない。しかも結構左右に動くので、暑苦しいことこの上ない。それでも先輩達がいてくれればみんな真面目にやるのだが、もうすぐ大会のため先輩方は皆自分の練習に忙しい。よって一年生たちは自由を満喫していた。別に、そんなに人数が多いわけでもないのだが。
 相手がいなければ練習にもならず、クリスもまた座り込んだ。その時、窓からひょっこり、下を覗き込んでみる。
 体育館では毎日バスケ部とバレー部が交代で練習に励んでいる。今日は、確かバレー部のはずだと、彼女は記憶の糸をたどった。無意識のうちに、視界に彼を求める。
 「…いた」
見つけたのは、宙を舞う姿。―――振りかぶった手は、勢いよくボールに叩きつけられた。バシィン、と、拾われなかったボールの音が体育館中に響き渡る。
「おっしゴールド、ナイスだ!」
「はは、あったりまえじゃないっすか先輩!」
くしゃくしゃと頭をかき混ぜられながら、ゴールドは笑いながらそう答えていた。
 小さいころから運動神経もよかったゴールドは今バレー部にて、一年の身でレギュラーを勝ち取って今日のようにチームに参加して練習している。そのことを妬む人達もいるらしいが、現実に見合う努力をしていたのをクリスは知っている。練習が本格化してからというもの、朝早くから朝練に行き帰りもギリギリまで練習しているらしく、そういえばこの前珍しく本を読んでいると思ったらバレーについての本だった。
 クリスとゴールドは幼馴染だ。家が近所で、親同士も仲が良かったため、小さいころから遊んでいた記憶がある。
 そのころから彼は活発な性格で、その上よく無茶をしていた。いつも自分は彼を止めながら、それでも彼についていっていた気がする。ずっと憧れていた。羨ましかった。まるで、太陽のようだったから。
 それでも昔は寂しくなかったのは、きっと彼も自分も幼かったから。
「きゃ〜、ゴールド君かっこいいっ!」
「素敵よね〜vあれこそ生まれつきの才能だわv」
横で騒ぐのは同じ部活の一年生たちだ。多分同じようなことを、下にいる女子バレー部の生徒の一部や見学している部活無所属の人達も同じようなことを言っているのだろう。
 ―――才能なんかじゃないわ。才能もあるだろうけど、それ以上にゴールドは努力してるのよ!
 そう叫んでやろうかと何度も思ったが、思うだけで。
 彼は努力して、自分の実力でレギュラーを勝ち取った。でも、自分はどうなのだろう。周りに流されて、今も休憩と称して練習をやらない自分は。考えれば考えるほど、泣きたくなるぐらい情けない。だめだ、練習しなきゃと言い聞かせて、クリスは立ち上がるとラケットを握りなおし、比較的仲の良い友人を誘って練習を再開した。

 今日はいつも帰っていた友達が体調を崩して早退したので、帰り道は一人だった。ゴールドといっしょに帰っていたジョウト小のころが懐かしいなと、考えてしまうのは何故だろう。多分、最近彼が冷たいような気がするからだ。
 あまり話をしていないし、昔より態度が冷たい、気がする。何か悪いことをしただろうか。でも別に昔から口うるさくはしていたような気がするし。しかし事実最近は目が会うと慌てて避けられるようなこともあったりで。
「…ああもう、考えても仕方ないわ!明日、イエロー先輩に相談でもしてみよう!」
24HRのイエローは昼休みは大抵生徒会室か図書室にいる。昔ちょっとした縁でお世話になってからいろいろと相談にのってもらうことも多かった。
「でもイエロー先輩、レッド先輩のことで悩んだこととかあるのかしら…うーん…」
いつでもラブラブvバカップルその1な2人を思い浮かべつつ、よくわからないことを考え込んでいたクリスは、自分が車道ギリギリを歩いていたことにふと気が付いた。
「と、いけないいけない。ボーっとしてたら危ないっけ」
この田舎ならそんなこともないかもしれないけど…内心ちょっと思っていたりしたのだが。
うつむいた瞬間キーっと音が響いて。慌てて顔をあげたら、車が目の前で。
「…っ!?」
とっさに反応できず、頭を抱えてしゃがみ込む。車は彼女にぶつかる直前で、大きく進行方向を変えなんとか直撃は免れた。未だ呆然とするクリスに、車を運転していたらしき男が車から飛び降りて駆け寄ってくる。
「すまない、見えなかった!大丈夫か!?」
「大丈夫です、けど…」
青年はん?と不思議そうな顔をする。クリスはその顔に、余計に腹をたてていた。
「危ないじゃないですか!今のは明らかにスピード違反です!確かに車道ぎりぎりを歩いていた私も悪いかもしれませんが、それでも私が歩いていたのは歩行者用道路です!怪我がなかったからいいですけど、もっと安全運転を心がけてください!」
言い終わると、はぁ、とため息が漏れた。思い切り叫んでしまったせいだろうか。青年は呆然としていたが、やがてなんとか、という感じで口を開いた。
「す、すまない」
「謝ってくれなくてもいいですから、これから気をつけてください」
「ああ、もちろんだ。…と、ちょっと待ってくれ」
「…なんですか?」
それじゃあ、と帰ろうとしたクリスを、青年は腕をつかんで引き止める。不信たっぷりの表情で振り返ったクリスに、しかし慌てた様子もなく彼はにこにこと笑っていた。
「できれば、名前を教えてくれないかな」
「どうして、ですか?」
「いや、君のように素敵な女性を名も聞かずに帰すのは男の恥というものだ。おおっと、人の名を聞く時は自分から名乗らねばな!私はミナキ!」
「…クリスタル、です」
すごく嫌そうに、しぶしぶといった感じで彼女が答えたことに、男―――ミナキは気付いているのかいないのか。
「クリスタル!いや、素敵な名前だ!どうかな?今日のお礼もかねていっしょに食事でも」
「え、いやあの」
「なぁに、心配なのもわかる。それなら家まで送っていって、そこで改めて親御さんの許可をもらってからでもいい」
嬉々として言うミナキに、クリスは非常に困り果てた。
 確かに、悪い人ではなさそうだ。こんな状況で信頼するのもどうかと思うが、実際言葉通り親に許可をもらいに行きそうな勢いではある。―――あるが、やっぱり嫌なものはいやで。でもすごくしつこそうで。
 どうしよう、どうしよう。
「おや、信用できないかな?ほら、ここに名詞g」ごすぅっ。ばた。ころころころ。
名詞を取り出そうと自分の懐をがさごそ漁っている最中に、横から白いボールが直撃。そのまま倒れるミナキ。状況がさっぱり理解できないクリス。
 なかなか思考がまとまらない彼女を現実に引き戻したのは、ぐっと腕を引っ張る力だった。
「きゃぁ!」
「きゃあじゃねぇ!なーにやってんだよお前は!」
振り返れば、そこにあるのは見慣れた金の瞳。…怒っているように見えるのは、クリスの気のせいではないだろう。
「ほら、帰るぞ!」
「え、ちょ、ゴールド…ぶ、部活は!?」
「今日は先生の方の用事で早く終わったんだよ!」
腕を握ったままずんずんと歩いていくゴールドに引きずられるように、クリスもまた歩いていく。強く握られた腕は少し痛くて、少し温かい。痛い、と言おうかどうしようか迷って、やめる。
 会話なくしばらく道を歩いていたが、やがてゴールドがため息をつきながら口を開いた。
「…お前、もうちょっと危機感持て」
「え?」
「見てて危なっかしいんだよ、まったく。変なところで抜けてんだから」
「心配、してくれたの?」
「…当たり前だろうが…」
いつの間に拾ったのか、彼の手には先ほどぶつけたであろう白いバレーボール。誕生日プレゼントで買ってもらったと、すごく喜んでいたのを思い出した。
「それ、持ってかえって練習するの?」
「おう。ま、ホント基礎練しかできねぇけどな」
そう言って笑うゴールドは本当に楽しそうで。つられて、クリスも笑顔になる。
「がんばってね。応援、してるから」
「まっかせろ!」
そうだ、と声をあげ。しかし突然考え込むゴールド。クリスが首をかしげていると、あーもう、と頭をかきながら、…そこではたと、ようやく気付いたらしく、彼は慌てて彼女の腕から手を離した。
「わ、悪ぃ!」
「あ、いいよ、気にしてないから」
どちらかというと、ちょっと寂しいかな、なんて言えないけど。そんなクリスの内心など露知らず、ゴールドはあーとかうーとか悩んだ挙句、一回深呼吸をしてから彼女を真正面から見据えて言った。
「オレ達、今度新人戦があるんだ」
「うん、知ってる」
「お前、応援に来いよ」
「え?」
きょとんとするクリスに構わず、ゴールドは続けた。
「そしたら、絶対勝ってみせっからよっ!」
それだけ言い放ってすぐにばっと背を向け…ほんの少しの間見えたその表情が赤かったように見えたのは、気のせいじゃないよね?と、クリスはそう思って笑う。
 まだまだ、これから。自分も、彼も、2人の間も。
「うん、絶対、応援行くわ!」
「…けっ。オレのすごさに驚くんじゃねーぞ!」
「…あははっ!」
自信たっぷりなゴールドの言葉に、クリスは思わず吹き出して。
 辺りに少年と少女の笑い声が響くのは、そのすぐ後のこと。




SEO対策 ショッピングカート レンタルサーバー /テキスト広告 アクセス解析 無料ホームページ ライブチャット ブログ